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鈴木政吉物語

クレモナ銘器への挑戦

政吉は好景気に酔い続けていたわけではありません。
戦後の反動とドイツの再起という中で景気はかげりを見せ始めます。
そんな中でさえ、政吉はストラディバリやガルネリの手に成るクレモナ銘器への挑戦を推し進めてゆきます。

研究・苦心の果て、大正15年10月、長男梅雄、三男鎮一に作品数本をたくしドイツの製作大家等の多数を訪問させました。
成果は「クレモナ巨匠の遺作に匹敵する絶品」という賞賛の声だったのです。

様々な快挙の根底には、政吉が和楽器職人の生え抜きの身であったこと。
生産工程には一度も外国人の指導を仰いでおらず、日本古来の楽器製造技術はきわめて優秀であり、その体得者としての自負と意地とがこの快挙を生み出したのでした。

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アインシュタインからの手紙

大正15年(1926)10月、長男梅雄、三男鎮一が渡独した際の賞賛の評価を出した中に、相対性理論の提唱者で有名なアルバート・アインシュタイン博士もいました。

アルバート・アインシュタイン
博士はバイオリンをこよなく愛し、天才バイオリニストのフリッツ・クライスラーの友人でした。

政吉の作品を手にした折、ドイツ人製作の愛用のバイオリンと弾き比べ、「音の出方、音の価値については到底貴下の父親の作品に比する価値はない。自分の一生は勿論、永く家宝として愛用したい。」ともらしたのです。

その後、親交ある多数の学者、音楽家を招き家庭演奏会を催す中、政吉の作品を披露します。その席に居合わせたバイオリン作家は、細部にわたり熟視検討した上感嘆し、「かかる音色は200年前イタリアの巨匠の手に成ったものでなければ、世界のどこにも求めることはできない。然るに現代の新作品でしかも日本で、古代の名器と同じ音色を出すものが作り出されるとは、まったく不思議と言う外はない、これは人間業ではない」と驚嘆したといいます。

その翌月の11月2日、アインシュタイン博士は政吉へ一通の手紙をかいています。

1926年11月2日

鈴木政吉 様

拝啓

昨日、御令息のお二人に拙宅へおいでいただきました。政吉様の製作なされたバイオリン4本を謹んで拝見いたしました。このうち1本を選出するようにとの事でした。

私宅には、2本のバイオリンがございますが、1本はベルリンの由緒ある製作家により作られたるバイオリンです。私がとても愛好している物です。

この1本と貴台製作のものとすべての点において比較いたしました。
各器をかわるがわる試奏しては、隣室において音色を聞き、どちらのバイオリンが良いかを判断しようと試みたのです。

両令息も私も共に貴器が優秀だという意見に一致いたしました。

この政吉様の力のこもれる御贈品に対して、深く感謝を申し述べますと共に、最優秀なる貴台の芸術に対して驚嘆の念を禁じえません。

アルバート・アインシュタイン


アルバート・アインシュタインから政吉への手紙宛名書き
アルバート・アインシュタインから政吉への手紙と宛名書き

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